自治体がペットツーリズムに取り組む際、最初に行うべきは施設を作ることではなく、地域の現状を正しく把握することです。 受け入れ施設の数や質だけでなく、スタッフの対応力や地域住民の理解度といったソフト面の実態を知ることが、成果につながる施策の出発点になります。
ペットツーリズムは「すぐ成果が出る施策」ではない
ペットツーリズムに関心を持つ自治体の多くは、施設整備をすれば短期間で集客につながると期待しがちです。 しかし実際には、ペット連れ旅行者を安定的に呼び込むには数年単位のソフトインフラ構築が欠かせません。
その背景には、飼い主の「敏感さ」があります。 ペット連れ旅行者は、施設の有無だけでなく、地域全体がペットを歓迎しているかどうかを鋭く見ています。 複数の民間調査によれば、飼い主の9割以上が愛犬との旅行を希望している一方、実際に旅行に連れていく割合はその半数にも達しません。 「行きたいけれど行けない」層が大きく存在しており、その障壁はハード面だけではないことがわかります。
旅行経験のある飼い主を対象としたアンケート調査でも、宿泊施設や食事に対する満足度が5割を超える一方、移動手段やコストの満足度は3割台にとどまっています。 施設そのものへの満足は高くても、旅行体験全体ではまだ課題が残っている状況です。
実践からの示唆: ペットツーリズムの推進を支援した複数の自治体で共通して聞かれたのは、「もっと早く成果が出ると思っていた」という声でした。短期的な集客を目標に掲げると、中長期で必要なソフトインフラ整備が後回しになりがちです。
飼い主が本当に見ているのは「施設」より「空気感」

ペット連れ旅行者の満足度を左右するのは、施設のスペックだけではありません。 スタッフの態度、ペット可エリアのゾーニング、案内サインの有無といった「ペット歓迎の空気感」が、再訪意向に大きく影響します。
旅行好きな愛犬家400名を対象にした調査では、過去の旅行で最も良かった理由として「ペット連れ専用」「ドッグランなどの設備」「客室内での過ごしやすさ」が上位に挙がりました。 注目すべきは、いずれもハードの豪華さではなく、「ペット連れであることを前提とした設計」が評価されている点です。
逆に、ペットフレンドリーを標榜しながら「歓迎されていない」と感じさせてしまう施設も存在します。
実践からの示唆: ある自治体の道の駅では、ドッグランが駐車場の反対側に隔離されるように設置されていました。施設としては要件を満たしているものの、飼い主が「ここはペットを歓迎していない」と感じるゾーニングだったのです。施設の有無以上に、配置と動線が体験を左右します。
移動手段の9割は自家用車
ペット連れ旅行者の移動手段は、自家用車が圧倒的多数を占めています。 公共交通機関はペットの同伴に制約が多く、周囲への気遣いから避ける飼い主がほとんどです。
このデータは、自治体の交通設計に直接的な示唆を与えてくれます。 ペットツーリズムを推進するなら、駐車場の整備、車でのアクセス情報の充実、SA・PAでの休憩ポイント情報の提供が基本的なインフラになります。 鉄道やバスでの誘客を前提とした従来の観光施策とは、設計思想が根本的に異なる点を押さえておく必要があります。
年代で異なる「満足のツボ」
飼い主のニーズは、年代によっても異なります。 30代以下の若年層では「交通手段」や「移動時間の短さ」が重視される傾向にあります。 一方、50代以上では「愛犬と一緒に寝られる」「一緒に食事ができる」といった宿泊施設内の体験が満足度に直結します。 中・大型犬の飼い主は移動手段そのものへの不満が強く、移動のハードルが特に高くなっています。
すべての飼い主を一様に捉えるのではなく、ターゲットとする層に合わせた施策設計が大切です。
最初の一歩は「現状把握」から始める

「ペットツーリズムに取り組みたいが、何から始めればよいかわからない」。 自治体の観光課や地域振興課から最も多く聞かれる質問がこれです。
答えは明確で、最初に取り組むべきは地域の現状把握です。 具体的には、次の4つの観点から実態を整理していきます。
① 既存施設の受け入れ状況の棚卸し 宿泊・飲食・観光スポットについて、ペットの受け入れ可否、条件(犬種・サイズ制限等)、設備(ドッグラン・足洗い場等)を一覧化します。
② 地域の強み・差別化ポイントの特定 温泉、自然環境、食など、自地域の既存資源のうちペットツーリズムと親和性の高いものを洗い出します。 飼い主が旅行先に求める上位4条件は「近い・自然・ドッグフレンドリー・温泉」であり、これらと合致する資源が差別化の軸になります。
③ ペット飼い主の定量的なニーズ把握 全国規模の既存調査は参考になりますが、地域固有のニーズ把握にはそれだけでは不十分です。 自地域への来訪者や近隣都市圏の飼い主を対象とした独自のアンケート調査が有効です。
④ 有識者・専門家へのヒアリング ペットの専門家の意見を取り入れることで、飼い主目線だけでは見えない課題が明らかになります。
定量調査とヒアリングの組み合わせが精度を高める
定量データだけでは「なぜそうなのか」がわからず、ヒアリングだけでは一般化が難しい面があります。 両者を段階的に組み合わせることで、施策の方向性に根拠を持たせることができます。 基礎調査で仮説を立て、専門家ヒアリングで検証し、定量調査で裏づける。 この3段階のアプローチが、限られた予算で最大の示唆を得るための方法論です。
「犬連れで1日過ごせる動線」を設計する
現状把握を踏まえて施策を検討する際に持つべき視点は、「犬連れで1日過ごせる動線があるか」です。 宿泊施設単体の魅力を高めるだけでは、リピーターの獲得にはつながりにくいのが実情です。 チェックイン前後に立ち寄れる飲食店、散歩コース、ドッグラン、買い物スポットが動線としてつながっていることが、旅行先としての評価を決めます。
点ではなく面で考える。 この発想が、ペットツーリズムの成否を分ける重要なポイントです。
受け入れ体制は「ソフト」と「ハード」の両輪で整える
現状把握の結果をもとに受け入れ体制を構築する際、ハード面の施設整備だけに注力するのは典型的な失敗パターンです。 ソフト面の整備を並行して進めなければ、施設ができてもトラブルが発生し、かえって地域のイメージを損なうリスクがあります。
ソフトインフラとして整備すべき主な項目は以下のとおりです。
ゾーニング: 観光スポットや宿泊施設内で、ペット可エリアとペット不可エリアを明確に分けます。 ペットが自由に過ごせる場所と、ペットを好まない旅行者が安心して過ごせる場所を、両方設定することが大切です。
サイン掲示: ペット可エリアの表示を一目でわかる形で設置します。 飼い主が「ここは入ってよい場所なのか」と迷わない導線をつくることがポイントです。
飼い主への啓蒙と配備: うんち袋の設置やマナーウェアの推奨など、衛生面の仕組みを整えます。 飼い主のマナー向上が、地域住民や他の旅行者との共存の鍵になります。
しつけ基準の導入: 一定のしつけ基準を満たしたペットのみ受け入れる仕組みを検討します。 ペットの行動に起因するトラブルは、施設側にとっても飼い主側にとってもリスクです。
認証制度: 自治体独自にペットフレンドリーな施設を認証する制度を設けることで、飼い主が安心して施設を選べる環境をつくれます。
実践からの示唆: ペットツーリズム推進で見落とされがちなのが、「ペットを好きでない人との共存」という視点です。飼い主目線の施策だけに偏ると、地域住民や一般旅行者との摩擦を生みかねません。ペット好きではない人にとっても不快にならない設計こそが、長期的な事業の継続性を支えます。
よくある質問(FAQ)

Q1. ペットツーリズムとは何ですか?自治体にどのようなメリットがありますか?
ペットツーリズムとは、ペット(主に犬)と飼い主が一緒に楽しめる旅行体験を提供する観光施策です。 自治体にとってのメリットは、新たな観光客層の取り込みと滞在消費額の向上にあります。 ペット連れ旅行者はペット用品や食事など通常の旅行者とは異なる消費行動をとるため、地域経済への波及効果が期待できます。 少子高齢化で縮小する家族旅行市場に対する新たな成長領域としても注目されています。
Q2. ペット同伴旅行の市場はどのくらい拡大していますか?
複数の民間調査によれば、飼い主の9割以上が愛犬との旅行を望んでいます。 一方で実際に旅行に連れていく割合はその半数以下にとどまっており、大きな潜在需要が存在します。 ペット関連の旅行予約サービスやペット同伴可宿泊施設は年々増加しており、市場は拡大基調にあります。 この「行きたいのに行けていない」層を取り込む施策が、自治体にとっての大きな機会です。
Q3. 自治体がペットツーリズムに取り組む際、最初に何をすべきですか?
最初に行うべきは、地域内のペット受け入れ施設の実態把握と、飼い主のニーズの定量調査です。 「ペット同伴可の宿を増やす」ことから着手しがちですが、その前に地域全体の受け入れ態勢を俯瞰する必要があります。 既存施設の棚卸し、地域資源の強み分析、ターゲット層のニーズ調査、専門家ヒアリングを段階的に行うことで、投資対効果の高い施策設計が可能になります。
Q4. ペットフレンドリーな地域づくりに必要な「ソフトインフラ」とは何ですか?
ソフトインフラとは、施設整備(ハード)以外の受け入れ体制を指します。 具体的には、ペット可エリアのゾーニング、案内サインの掲示、飼い主のマナー啓発、うんち袋の配備、しつけ基準の導入、ペットフレンドリー施設の認証制度などが含まれます。 ハード面が充実していてもソフト面が未整備だと、トラブルが発生し地域イメージを損なうリスクがあります。 「歓迎の空気感」を作るのは、建物ではなく人とルールです。
Q5. ペット連れ旅行者の主な移動手段は何ですか?
ペット連れ旅行者の9割以上が自家用車を利用しています。 公共交通機関はペットの同伴制限や周囲への気遣いから避けられる傾向が強いためです。 そのため、自治体は駐車場の整備、車でのアクセス情報の充実、途中の休憩ポイント情報の提供をペットツーリズムの基本インフラとして設計する必要があります。
Q6. ペットツーリズムの推進は地域住民や既存客との摩擦を生みませんか?
適切なゾーニングとルール設計を行えば、共存は十分に可能です。 ペットフレンドリーな施策を進める際、ペット好きの視点だけに偏ると、地元住民やペットを好まない旅行者との摩擦が生じやすくなります。 ペット可エリアと不可エリアを明確に分け、マナーに関するルールを整備し、地域住民への事前説明を丁寧に行うことが大切です。 「ペットを連れた人もそうでない人も快適に過ごせる」状態が、持続的な事業の前提条件になります。
Q7. 成果が出るまでにどのくらいの期間を見込むべきですか?
ペットツーリズムは、施策開始から安定的な集客効果が見えるまでに2〜3年程度を要するケースが多いです。 初年度は現状把握と体制構築、2年目に実証と改善、3年目以降で本格的な誘客というステップが現実的です。 短期的なKPIだけで評価すると、ソフトインフラの整備が打ち切られ、中途半端な状態で終わるリスクがあります。 中期計画として位置づけ、段階的な成果指標を設定することをおすすめします。
Q8. ペットツーリズムを一過性のブームで終わらせないために何が必要ですか?
持続的なペットツーリズムに必要なのは、地域全体の「面的な受け入れ体制」と「継続的な改善の仕組み」です。 宿泊施設だけでなく、飲食店・観光スポット・交通インフラを含めた回遊動線の設計が、リピーター獲得の鍵になります。 また、飼い主のフィードバックを収集し、サービスを改善し続ける体制も欠かせません。 一過性のキャンペーンではなく、地域のブランドとしてペットフレンドリーを定着させる長期的な取り組みが求められます。
まとめ
ペットツーリズムに取り組む自治体が最初にすべきは、施設を作ることではなく、地域の現状を正しく把握することです。 飼い主は施設の有無だけでなく、「ペットが歓迎されている空気感」を敏感に感じ取ります。 ソフトインフラの構築には時間がかかりますが、それこそが他地域との差別化となり、リピーターの獲得につながります。 現状把握から始め、ソフトとハードの両輪で体制を整えることが、持続可能なペットツーリズムの第一歩です。
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参考文献
- OVER株式会社「ペットツーリズムのコンテンツ造成に関する調査」(2024年9月)