ペット防災の課題は「概論」の段階を過ぎ、「誰が・何を・どう実行するか」の実践フェーズに入っています。自治体の避難所運営担当者や企業のCSR・総務担当者が、今日から着手できる具体的なアクションを整理しました。
日本のペット防災が抱える構造的な課題
日本には約1,567万頭の犬猫が飼育されています(2024年、ペットフード協会調査)。これは15歳未満の子どもの人口(約1,401万人)を上回る数字です。にもかかわらず、災害時のペット対応は多くの自治体で「検討中」の状態にとどまっています。
環境省は2018年に「人とペットの災害対策ガイドライン」を改訂し、同行避難を推奨する方針を示しました。しかし、このガイドラインに法的拘束力はありません。避難所でのペット受け入れ方針は各自治体に委ねられており、対応にばらつきがあるのが実情です。
2024年1月の能登半島地震では、この課題が改めて浮き彫りになりました。ペットと同行避難した飼い主の多くが、避難所の玄関や廊下など限られたスペースでの生活を余儀なくされ、周囲への配慮から車中泊を選択するケースも報告されています。被災したペットは推計1万匹以上とされ、行方不明のまま野犬化・野良猫化するリスクも指摘されました。
問題の核心は、「ペット防災=飼い主の自助」という前提にあります。飼い主個人の備えはもちろん重要ですが、避難所運営、地域の受け入れ体制、物資の備蓄など、自治体や企業が担うべき公助・共助の仕組みが追いついていません。
「同行避難」と「同伴避難」——混同が現場の混乱を生む

自治体の防災担当者がまず整理すべきは、「同行避難」と「同伴避難」の定義です。この2つの用語が混同されることが、避難所の現場で混乱を生む原因になっています。
同行避難とは、災害時に飼い主がペットとともに避難所まで移動する「行為」を指します。環境省のガイドラインが推奨しているのはこの同行避難です。ペットを自宅に置き去りにせず、一緒に避難すること自体を意味しています。
同伴避難とは、避難所においてペットと飼い主が同じ空間(または近接した空間)で過ごす「状態」を指します。避難所の居住スペース内にペットを持ち込めるかどうかは、同伴避難の方針次第です。
多くの飼い主は「同行避難ができる=避難所でペットと一緒に過ごせる」と認識しています。しかし実際には、同行避難はできても同伴避難は認められず、ペットは屋外のテントや別棟に隔離されるケースが大半です。この認識のギャップが、避難所でのトラブルや、飼い主が避難所を避ける要因になっています。
アイペット損害保険の調査(2023年)では、同行避難と同伴避難の違いを正しく認知している飼い主は約6割にとどまり、最寄りの避難所のペット受け入れ体制を把握している人は2割未満でした。
実践からの示唆: ある自治体の防災訓練支援に関わった経験では、防災担当課と動物愛護担当課の間で「同行避難」の解釈が異なっていたケースがありました。庁内の用語定義を統一し、住民向けの広報でも明確に区別して伝えることが、混乱を防ぐ第一歩です。
自治体が取るべき3つのアクション
アクション1:避難所ごとのペット受け入れ方針を「事前に」決める

最も優先度が高いのは、各避難所のペット受け入れ方針を災害発生前に決定し、公開することです。環境省の「災害への備えチェックリスト」(2021年発行)は、そのための実務的な確認ツールとして活用できます。
具体的に決めておくべきことは、ペットの一時飼育場所の位置(屋内か屋外か、居住スペースとの距離)、受け入れ可能な動物の種類と頭数の目安、飼育ルール(鳴き声対策、排泄処理、リード繋留の方法)、アレルギーや動物が苦手な避難者への配慮策、ペット用備蓄物資の有無と量です。
横浜市では各地域防災拠点にペットの一時飼育場所をあらかじめ設定し、飼育ルールの策定を進めています。こうした事前の取り決めがあれば、発災時の混乱を大幅に軽減できます。
アクション2:防災訓練にペット同行避難を組み込む
方針を決めるだけでは不十分です。実際の防災訓練にペット同行避難のシナリオを組み込み、運用上の課題を事前に洗い出すことが重要です。
訓練で検証すべきポイントとして、避難経路上でのペット連れの動線(キャリーバッグやケージを持った状態での移動)、一時飼育場所の設営手順と所要時間、ペットの飼い主と一般避難者の動線の分離、飼い主同士の自主管理体制の構築があります。
北九州市や船橋市など、防災訓練にペット対応を含める自治体は増えつつあります。訓練を通じて「想定と現実の差」を把握し、方針を改善するサイクルを回すことが、実効性のある体制づくりにつながります。
アクション3:動物愛護部局と危機管理部局の連携体制を構築する
ペット防災が進まない自治体に共通するのは、「担当部署が明確でない」という問題です。動物愛護管理を所管する部署(保健所・衛生部門)と、防災を所管する部署(危機管理部門)の連携が不十分なケースが多く見られます。
環境省のチェックリストも、この2部局が共同で利用することを前提に設計されています。平時から定期的な連絡会議を設け、災害時の役割分担を明確にしておくことが、実効性のある体制の基盤です。
実践からの示唆: 複数の自治体との協働を通じて感じるのは、防災担当者の多くが「ペットの問題は動物愛護の担当」と考え、動物愛護の担当者は「防災訓練は危機管理の領域」と考えている、という構造的な縦割りです。首長や幹部レベルで「ペット防災は両部局の共管テーマ」と位置づけることが、動き出しの鍵になります。
企業が取るべき2つのアクション
アクション4:BCP(事業継続計画)にペット飼育従業員への配慮を盛り込む

企業の防災対策は従業員の安全確保が最優先ですが、従業員の約2割がペットを飼育しているという統計を考えると、ペット飼育者への配慮はBCPの実効性に直結します。
大規模災害時、自宅のペットが気になって出社できない、あるいは帰宅を急ぐ従業員が出ることは十分に想定されます。事前にペット飼育状況を把握し、災害時のペット対応に関する情報提供(最寄りの同行避難可能な避難所リスト、ペットシッターや一時預かりサービスの連絡先等)を行っておくことで、従業員が安心して業務に従事できる環境を整えられます。
また、オフィスへのペット同伴出勤を一部認めている企業では、災害時のペット対応もBCPに含めておく必要があります。
アクション5:CSR・地域貢献としてのペット防災支援
ペット関連企業に限らず、地域に根ざした企業がペット防災に貢献できる接点は多くあります。
イオンペットは賞味期限が近づいたペットフードや季節用品を保健所や愛護センターに寄付する取り組みを行っています。NPO法人人と動物の共生センターは「ペット防災カレンダー」を発行し、配布協力店舗を募集する形で地域の企業と連携しています。
企業が取り組みやすい支援策としては、自社の施設(駐車場・倉庫等)を災害時のペット一時避難場所として提供する協定の締結、ペット用防災備蓄品の寄贈や共同備蓄、自治体の防災訓練へのスポンサーシップや物資提供、従業員向けペット防災セミナーの開催(地域住民への開放も含む)などがあります。
こうした取り組みは、CSR報告書の実績としてだけでなく、地域との信頼関係構築やペットオーナー層へのブランド認知という事業面でのリターンも期待できます。
よくある質問(FAQ)
Q1. 同行避難と同伴避難の違いは何ですか?
同行避難は飼い主がペットとともに避難所まで移動する「行為」、同伴避難は避難所内でペットと飼い主が同じ空間で過ごす「状態」を指します。環境省が推奨しているのは同行避難ですが、避難所内でペットと一緒に過ごせるかどうか(同伴避難の可否)は、各避難所の方針によって異なります。多くの避難所では同行避難は可能でも同伴避難は認められず、ペットは別室や屋外での飼育となるのが現状です。
Q2. 自治体がペット防災に取り組むにはまず何をすべきですか?
最初に行うべきは、各避難所のペット受け入れ方針を事前に決定し、住民に公開することです。環境省が発行する「災害への備えチェックリスト」を活用すれば、一時飼育場所の選定、飼育ルールの策定、必要物資のリストアップを体系的に進められます。方針策定にあたっては、動物愛護管理部局と危機管理部局が共同で検討することが重要です。
Q3. ペット防災にかかる予算はどの程度ですか?
避難所へのペット用備蓄(フード・水・ペットシーツ等)を整備する場合、1避難所あたり数万円〜十数万円程度で基本的な備蓄を開始できます。大きなコストがかかるのは、専用の一時飼育スペースの常設整備(ケージラック、換気設備等)ですが、これは折りたたみケージやブルーシートなど簡易な資材で対応することも可能です。まずは低コストでできる「方針策定」と「情報公開」から着手し、段階的に備蓄を拡充するアプローチが現実的です。
Q4. 能登半島地震ではペット避難にどのような課題がありましたか?
2024年1月の能登半島地震では、ペットと同行避難した飼い主の多くが避難所内での同伴避難を認められず、玄関先やビニールハウスでの生活、あるいは車中泊を選択するケースが多く報告されました。被災したペットは推計1万匹以上で、備蓄品を持ち出せなかった飼い主がほとんどだったことも課題です。この経験から、避難所のペット受け入れ体制の事前整備と、飼い主への平時からの啓発がより強く求められるようになっています。
Q5. 企業がペット防災に取り組むメリットは何ですか?
ペット飼育従業員への配慮はBCPの実効性を高め、災害時の出社率や業務復帰の早期化に寄与します。また、地域のペット防災支援はCSR活動としての社会的評価に加え、ペットオーナー層(国内約1,567万頭の犬猫の飼い主)への企業認知・ブランド好感度の向上にもつながります。特にペット関連事業への参入を検討している企業にとっては、地域との信頼関係構築の起点になり得ます。
Q6. 避難所でペットアレルギーの人とペット飼育者が共存するにはどうすればよいですか?
基本的な対応は、居住スペースとペットの一時飼育場所を物理的に分離することです。同じ建物内であっても、別室かつ換気が独立した空間にペットスペースを設けることで、アレルギーリスクを大幅に低減できます。事前に避難所のレイアウトを検討し、ペット飼育者の導線と一般避難者の導線が交差しない設計にしておくことが望ましいです。動物が苦手な人への配慮を明確にすることは、ペット飼育者の受け入れに対する地域の合意形成にもつながります。
Q7. 飼い主個人の防災備蓄として何を準備すべきですか?
最低限必要なのは、フードと水(5日分以上)、常備薬、ペットシーツやトイレ用品、リード・ハーネス、キャリーバッグまたはケージです。加えて、鑑札・マイクロチップ番号の控え、ワクチン接種証明のコピー、飼い主の連絡先を記載したペット用身分証明書を用意しておくと、はぐれた場合の再会確率が大きく上がります。現状、犬飼育者のフード備蓄実施率は3〜4割程度にとどまっており、啓発の余地は大きいと言えます。
Q8. マイクロチップの装着はペット防災にどう役立ちますか?
マイクロチップは災害時にペットと飼い主が離れてしまった場合の身元確認手段として最も確実です。2022年6月から、ブリーダーやペットショップ等で販売される犬猫にはマイクロチップの装着が義務化されました。首輪や迷子札は外れる可能性がありますが、マイクロチップは体内に埋め込むため、災害時の混乱の中でも確実に飼い主を特定できます。装着済みの場合でも、登録情報(住所・連絡先)が最新かどうかを定期的に確認しておくことが重要です。
まとめ
ペット防災は、飼い主の自助だけでは解決できない社会課題です。自治体は避難所のペット受け入れ方針の事前策定と部局横断の連携体制を、企業はBCPへのペット配慮の組み込みと地域貢献としての支援を、それぞれ具体的なアクションとして進めることが求められます。能登半島地震の教訓を踏まえ、「次の災害の前に」体制を整えることが、人とペットの両方を守ることにつながります。
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参考文献
- [人とペットの災害対策ガイドライン|環境省](https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/pamph/h3002.html)(参照日:2026-03-25)
- [ペットの災害対策|環境省](https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/1_law/disaster.html)(参照日:2026-03-25)
- [災害への備えチェックリスト|環境省](https://www.env.go.jp/press/109428.html)(参照日:2026-03-25)
- [全国犬猫飼育実態調査|一般社団法人ペットフード協会](https://petfood.or.jp/data-chart/)(参照日:2026-03-25)
- [令和6年能登半島地震に係るペットに関する対応|石川県](https://www.pref.ishikawa.lg.jp/yakuji/doubutsu/pet_notohantoujishin.html)(参照日:2026-03-25)
- [ペットとの同行避難に関するアンケート調査2023|アイペット損害保険](https://pet-bousai.ipet-ins.com/data/doukouhinan/)(参照日:2026-03-25)
- [ペットのための防災対策|大阪市](https://www.city.osaka.lg.jp/kenko/page/0000547793.html)(参照日:2026-03-25)
- [災害時のペット対策(震災)|横浜市](https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/sumai-kurashi/pet-dobutsu/aigo/saigai-taisaku/disaster.html)(参照日:2026-03-25)